小説

小説・火ノ国銀行 肥後銀行告発本

「小説・火ノ国銀行」

Hinokunibarairohituji

この小説は今ネット口コミで話題の、熊本肥後銀行暴露本と言われていますが、私は「暴露本」というキワモノ的な呼び方は、本書に関してはちょっと違うかなと思っています。典型的な権力対小市民の対立である内容、小市民側から出たこれはつまり「告発本」であり、小市民(民事再生に持ち込まれた経営者)の側からすれば、今回小説という形を取ったのは、銀行で起こっている事実を知らしめるには、もはや不特定多数のマスメディア、大衆を巻き込まざるをえない、やむにやまれぬ最終手段であったからなのではないかと勝手に推測しています。熊本という失礼ながら村的閉鎖性のある社会の中、地元メディアに告発しようにも当のメディアは権力に抱き込まれ結託している状況があるようであるし、また小説の中の株主総会で主人公が決死の覚悟で告発をする場面も、他サイトの情報によると、実際は決死の覚悟で挑んだものの、それも事前に事態を察した肥後銀行側が、さくらを配し揉み消し工作に走ったという事実があったらしい。そこまで労しても、いろいろな障害により、事実を明るみにできず、このままでは闇に葬り去られてしまうことを良しとしなかったということが背景にあるのだろうと思う。そしてそれを可能にしたのが新聞ではなく、ネットという今の情報化社会のシステムであったのかもしれません。しかし明るみになるまで何年掛かったことなのでしょう?またこの出版がなければ銀行は更なる腐敗を続けていたのでしょうか?

「口コミ(=うわさ)」、これはネット社会の持つ恐ろしい側面でもある。体制側からすれば、今やいくら証拠隠滅・情報操作しようとしても、もはや食い止めることはできない。最近で言うと、Googleの中国の検閲問題もそう。もはや、権力者の意図のまま情報操作は不可能な世の中になったといえるのではないでしょうか。例外として鎖国と恐怖政治を抱き合わせにすれば北朝鮮のように可能かもしれませんが。肥後銀行にはこれを機に、改革を期待したいところです。でも恐ろしいのは今回の内容が明るみに出た中で、改善どころか、どうも銀行内部の恥部を流出させた犯人探しに躍起になり、その病んだ組織の中においては、規律を乱した異端、裏切り者という烙印のもとに組織内部で葬り去ろうとする負の力が働いているらしいということ。こういう組織に自浄を期待するのはむずかしいのかもしれないですね。

小説の中にこんな台詞があります。

「銀行ってどこを向いて商売をやっているんだろう?」

「そりゃ、いちばんは金融庁と日銀ですよ」

「その次は?」

「優良企業、大口の株主といったところでしょうか」

肥後銀行は、いや「銀行」とはいったいこれから何処へむかうつもりなんでしょう?

銀行に使命なんておかしいという声もあるけど、いざというときには公的資金が投入されたりするんだから、普通の町金と同じというのは通用しないですよね。

次回の株主総会で長門常任顧問のモデルとなったご本人は引退する?ようですが、すでに世襲に成功し、計画を成し遂げた後。意外に心置きなくといった面もあるのかもしれません。引退で清算、それで幕引き?しかしそれで肥後銀行の体質の浄化につながるかというと非常に怪しい。引き続き今度は世襲婿がトップとして君臨しつづけるのであれば、何も変わらないですね。

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